かんむり座T星について

はじめに

図1 うしかい座の東側に位置するかんむり座 (写真・作図 K. Imamura).

 春の星座や明るい星というと、皆さんは何を思い浮かべますか?星を見ることに親しみがある方なら、春の大曲線に沿って並ぶうしかい座のアークトゥルス、おとめ座のスピカといったところでしょうか。このうち、うしかい座の東側には半円状に星が並んだ「かんむり座」という星座があります。この星座は日本から見える春の星座の中では、一番小さな星座になり、明るい1等星もないので、一般的にはマイナーな星座に属するのかもしれません。ただ、少し空の暗いところでこの星座を観察してみると、この半円状に並んだ姿がクセになり、存在を知っているとつい探したくなる星座です。

 かんむり座を形づくる星は、主に約2~4等の星からなります。最も明るい約2等の星は「アルフェッカ」という固有名があります(図2; 右から三番目の星)。これはアラビア語で「欠けたものの明るい星」を意味しているそうです。その他にもこの星はラテン語で「ゲンマ」という名前も持ちます。これは宝石や真珠を意味し、太古の人々はこの星を冠の装飾品に見立てたのかもしれませんね。

図2 かんむり座と反復新星かんむり座T星の位置 (写真・作図 K. Imamura).

 さて、そんなかんむり座には「眠れる秘宝」ともいうべき星があります。その名も、本キャンペーンの主役「かんむり座T星」と言います (以下、T CrB)。今日の天文学において、この天体は「新星」という種類の天体に分類されています。新星とは新しい星の誕生ではなく、普段は大人しくしていた天体 (白色矮星) の表面で突然核爆発が起こり、明るさが急激に増大する現象です(詳しくは「新星とは」のページをご覧ください)。T CrB は普段肉眼では決して見えない約10等という明るさです。しかし、驚くべきことに過去2回(1866年1946年)、突然アルフェッカに匹敵する明るさ(2~3等)で輝いていたことが記録されています。このときばかりは、かんむり座の印象が一変してしまったに違いありません。

 そもそも新星は年間数個から10個程度、天の川銀河で発見されます。しかし肉眼で観察できるような新星はそれほど多くありません。しかも新星は「いつ・どの星が」爆発を起こすのか、わからないことが大半です。そんな中、T CrB は過去2回の爆発の記録から、肉眼で見える明るさに達すること、約80年おきに爆発すかもしれない (?!) ことがわかっています。この星の次なる爆発に備え、このページでは T CrB の特徴について、以下簡単にご紹介したいと思います。


T CrB の基本データ

項目データRef.
赤経 (RA)15時59分30秒.16[1]
赤緯 (Dec)+25° 55′ 12”.6[1]
変光幅2.0~10.6等 (V)[2]
軌道周期約228日[4, 6]
伴星M3III (赤色巨星)[3]
距離約900パーセク (約3000光年)[4]
静穏時の変光変光幅 = 約0.3~0.6等, 変光周期 = 約114日
※楕円体状変光星 (ellipsoidal variable / ELL)
[5]
1回目の爆発発見日: 1866年5月12日
発見者: J. バーミンガム
[7]
2回目の爆発発見日: 1946年2月9日
発見者: A. J. ドイチェ
[8]
t2, t3t2 = 約3日, t3 = 約5日
※極大光度から2等又は3等暗くなるのにかかる日数
[5]
スピードクラスvery fast nova[2]

本テーブルの参考資料

  1. AAVSO VSV
  2. Payne-Gaposchkin, C. 1957, Dover Publications, Galactic Novae
  3. Kenyon, S. J. & Garcia, M. R., 1986, AJ, 91, 125
  4. Schaefer, B. E., 2022, MNRAS, 517, 6150
  5. Schaefer, B. E., 2023, MNRAS, 524, 3146
  6. Kraft, R. P., 1958, AJ, 127, 620.
  7. Duerbeck, H. W., 1987, SSRv, 45, 1
  8. Webbink, R. F., 1976, JAVSO, 5, 26

T CrB の爆発記録と発見者

 T CrB の1回目の爆発は、1866年5月12日にアイルランドの天体観測家 John Birmingham (ジョン・バーミンガム) によって発見されました。続いて2回目の爆発1946年2月9日にアメリカの天文学者 Armin Joseph Deutsch (アーミン・ヨーゼフ・ドイチェ) によって発見されました。

 この2回目の爆発については、かの有名な天体観測家 レスリー C. ペルチャーの著書『星の来る夜』にも言及があります。彼は25年以上にもわたって日々この星の次なる爆発を(本人曰く誰よりも)監視していました。にも関わらず、ちょうど爆発が起こった夜、彼はたまたま体調不良でベッドに入っていたのでした。「長年の友人」とまで語った T CrB の目覚めを発見することができず、著書では大変悔しい思いをしたことが記されています。なお、この2回目の爆発記録から、T CrB は約80年おきに爆発を繰り返すかもしれないと予想されています。

 ところで、1946年の爆発発見については、我らが日本においても独立発見の記録が残されています。『日本アマチュア天文史 (改訂版)』には、2月10日未明に斎藤馨児氏、吉原正広氏、恒岡美和氏の3名が T CrB の再爆発の発見を独立に行ったと記されています。ただ当時は戦後間もない混乱期であり、通信環境もその影響を受けて、観測報告が当時の有力な日本の天文学者に即座に伝わらなかったようです。この独立発見に関して、吉原氏の体験談がまとめらた『昭和天文クロニクル』という書籍が2023年に発行されているので、興味のある方は手にとられると良いでしょう(発見時の興奮が伝わってきます)。なお日本天文学会・天体発見功労賞の受賞者リストには斎藤氏と吉原氏の名が挙がっています。

 ちなみに、アメリカの天文学者 B. E. シェーファー博士の最新の研究(2024年2月の発表)によれば、1866年よりも以前に起こったとされる二つの爆発記録を発見したようです。彼はかんむり座に関連する先人達の観測記録を調査し、1217年1787年にも T CrB が爆発によって明るくなっていた説を唱えています。前者はドイツの修道士 Abbott Burchard (アボット・ボーシャード) によって、後者はイギリスの天文学者 Francis Wollaston (フランシス・ウォラストン) によって記録されていました。このうち1787年の記録については、1866年の爆発からおおよそ80年前にあたるので、真実味がありそうです。


新星爆発時の明るさの変化

 T CrB は過去2回の爆発から、以下図3のような光度変化をすることが知られています。極大光度から2等暗くのにかかる日数 (t2) は約3日で、新星の中では減光が非常に速い新星 (very fast nova) に分類されています。

図3 T CrB の模式的な光度曲線.Schaefer (2010) の Table 16 を元に作図.縦軸は等級、横軸は極大光度に達した日からの経過日数.グラフ内に挿入されている光度曲線は、極大前10日間~極大後50日間の部分を拡大表示している.

 図3に従えば、ひとたび新星爆発が発生すると、静穏時から極大に達するまでの時間はわずか半日以下のタイムスケールで、急激に明るさが増大します。極大光度に達したあとは、たった1週間で6等台まで暗くなり、あっと言う間にいわゆる肉眼等級とはお別れとなります。なお極大から一か月後には、ほぼ元の明るさ(9~10等程度)に戻っていきます。ただし、その後 T CrB は少々寝つきが悪いのか、極大から100日後くらいに、再び約1.5~2等ほど明るくなる現象(2次極大の存在)が知られています。2次極大の終息まで含めると、T CrB は爆発開始から約8ヶ月間は明るさの変化を楽しみ続けることができそうです。

【爆発後の観測について】
 本キャンペーンは Seestar S50 というスマート望遠鏡での観測を前提としています。この望遠鏡は明るい星は8等くらいまでが限界で、それ以上明るいと飽和してしまいます(測定できなくなる)。これを回避する手法として、ピントをぼかす方法がありますが、これでも3~4等までしか測れません。極大付近(2~3等)の明るさを Seestar で測るにはどうすれば良いのか、現在試行錯誤中です。


静穏時の明るさの変化

 T CrB は赤色巨星を従える連星系で、この伴星は図4のように不思議な形をしていると考えられています。この伴星の形状と連星の公転が原因となって、T CrB は普段の静穏時において、約0.3~0.6等の変光が見られます(変光周期約114日)。これを楕円体状変光星 (ellipsoidal variable / ELL) と言います。

図4 ひしゃげた形をした T CrB の伴星の想像図 (作図 StarLight Pro).

 こういった伴星の不思議な形状に興味のある方は、連星系の教科書を手に取り、”ロッシュモデル” をキーワードに紐解かれると良いでしょう。

 ちなみに、アメリカの天文学者 B. E. シェーファー博士は、2023年に発表した論文やアメリカ変光星観測者協会 (AAVSO) の記事の中で、T CrB の爆発前の振る舞いについて言及しています。1946年の爆発のとき、その約1年くらい前から T CrB は約10等から12等まで少しずつ暗くなる現象 (pre-eruption dip) が観測されるようなのです。論文では2025年6月(±1.3年)頃に爆発すると予想していますが、AAVSO の記事では2024年5月(±0.3年)に修正されています。これは2023年3~4月頃から前兆現象らしき減光がスタートしたと睨んだようで、予報を修正したのでしょう。

 天文学者の予想通りに爆発するのか、それは T CrB を監視し続けないとわかりません。皆さんのチカラでデータを蓄積すれば、また新しいことがわかる可能性もあります。少しでも興味を持った方は、キャンペーンのご参加をお待ちしています。


参考資料

 その他 T CrB について、一般向けの日本語資料としてインターネット上に公開されているものを、幾つか挙げておきます。併せて参考になれば幸いです: